とある開発者・街歩き探検隊隊員の日常

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職場の友人がこんな事を言っていました。

先日の、立てこもり犯の中継を親と見ていた時に、両名で

「東南アジアでこんな事件起きたらすぐ射殺して、結果だけが
 ニュースで伝わるよなぁ」

と。そんな話をしていたらしいです。そこまで、過激か実際の所わかりませんが、外国ならそれもありなのかとも思ったり。てか、別に日本でもそれでいいような気がします。凶悪犯罪犯をああまでして生かして捕らえて、しかも犠牲者まで出して。いったい何なんだろう?と。

別の場所では、犯罪者の人権だの、死刑反対だの。それも一つの考え方でしょうし、否定もするつもりは無いけど、個人的にはちゃんちゃらおかしいような気がしてなりません。そもそも、人権とは法を守っている人間に平等に与えられる権利。それを犯すという事は、法外の世界に自ら足を突っ込んだという事。だとすれば、法によって守られる権利なんてないと思うのです。

そもそも、弁護とは疑わしき事件で公正な裁判・捜査をさせるためにするもの。物的証拠バリバリ、現行犯などなど明白な犯罪者には弁護とかそういう事ではなく、速やかに罪状と法を付き合わせ、裁かれるべきものであるのに、何かにつけて、伝家の宝刀、”精神鑑定”、”和解”などまったくもって意味不明な論理で、究極、無罪に。。。

それでは、たまったもんじゃないような気がします。常に発展途上な人間、ここらでも一つよく考えないといけない時期がきているような気がしてなりません。

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